【金子浩久のEクルマ、Aクルマ】グローバルで価値を生み出す新型『マスタング』の“ガラパゴス”力

(@DIME)

■初の右ハンドルを投入!

 正式な新車発表は、まだ2014年後半のことだというのに、フォードの新型『マスタング』のお披露目はそれを前倒しして世界規模で行なわれた。製造されるのは本拠地デトロイト工場だけだが、ニューヨークとロサンゼルスのほか、シドニー、上海、バルセロナの6か所で、ほぼ同時にお披露目イベントが行なわれたのだ。これは、実に異例なこと。

 ニューヨークでは、同社CEOのアラン?ムラーリーが新型『マスタング』を紹介するところがCNNで中継されていた。シドニーのイベント会場では、技術見本市会場の巨大な建物の中で、夜遅くに始まった。上海やバルセロナと中継をつなぎ、何度もお互いの会場の様子をモニタースクリーンに映し出した。

 2014年にデビュー50周年を迎える『マスタング』は、存在感の大きさとは裏腹に、販売されているのはカナダ、アメリカの北米マーケットが中心で、日本やフィリピンなどごく少数の例外的なマーケットには、アメリカ仕様に準じる左ハンドルモデルが輸出されていたに過ぎなかった。まさに“ガラパゴス”商品と呼ぶべきか。

 それが、世界6か所で同時に発表。しかも、初めて右ハンドル車も造るという。いったい、フォードに何が起こったというのだろうか? 『マスタング』の仕上がり具合とともに、フォード社の姿勢と戦略の変化が気になって仕方なかった。

 こうしたお披露目イベントやモーターショーでは、クルマに被せられたヴェールは誰かの手によって剥がされるのが一般的だが、シドニーでは違った演出が行なわれた。かなり長いヴェールの端の下に隠れた『マスタング』が、司会者の合図とともに会場中央までヴェールを被ったまま走り、最後の端から飛び出して姿を現わしたのだ。

 現われたのは、ガンメタルグレーの『マスタング?コンバーチブル』だった。イベントと同時にオープンになった同社のサイトで発表されたのはクーペだけだったことを考えても、これはサプライズだった。

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■伝統と革新を両立させたデザイン

 最も印象に残ったのは、旧型よりも格段にモダナイズされたデザインとプロポーションだ。ヘッドライトは小さく切れ長になり、フロントマスクも引き締まって精悍な顔付きだ。4本のタイヤを内包しているフェンダーはアスリートの筋肉のように張り出している。歴代『マスタング』がモデルごとに引き継がれてきた逆スラントした“シャークノーズ”や3連テールライトなども踏襲されている。

 

「誰がどこから見ても『マスタング』に見えることは重要なのだが、特徴的なディティールで飾り立てただけのレトロカーにはしたくはなかった」(デザイナーのクレイグ?メトロス氏)

 メトロス氏の言いたいことは、とてもよくわかる。“デザインアイコン”だとか“DNA”だとか、ある程度の歴史を重ねたクルマだったら、特徴的なデザインディティールの2つや3つはあって当然だ。肝腎なのは、そういった“お約束”を盛り込みながら、安住せずに革新できているかどうかだ。

 伝統を守りながら前進していく。歴史を意味あるものにしたいのならば、これに尽きる。その点で、新型『マスタング』のデザインはメトロス氏の狙いどおりに成功したといえるだろう。

■最新ガソリン直噴ターボエンジンも

 日本やフィリピンなど限られた国々にだけでなく、新型『マスタング』は、オーストラリアだけでなく初めてヨーロッパや中国などにも輸出される。今回の発表会はその前奏曲としてのイベントだった。だから、『マスタング』史上初めて、右ハンドル車が造られたのだろう。

 イベント会場には初代以降の歴代『マスタング』が展示されていたが、それらはかつてオーストラリアで登録するために専門業者によって右ハンドルへと改造されたものだ。好きモノというのは、いつの時代にもいるものだ。世界へ打って出るために必要なのは、右ハンドルだけではない。CO2排出量や燃費などの基準が異なり、より厳しいマーケットであるヨーロッパや中国で展開するために、新型エンジンも搭載した。2.3Lの4気筒直噴ターボ。小排気量ながら305psの最高出力と41.5kgmの最大トルクを発生する。

 ほかに、吸排気系を大幅に改良した5.0LのV8エンジンと従来型の3.7LのV6エンジンがある。新エンジンは2.3Lという小排気量ながら、3.7LのV6よりもパワーで5ps上回り、最大トルクは同等。もちろん、燃費も優れている。フォードが売り出し中のダウンサイジングエンジン「Eco Boost」の最新作だ。何しろ、アメリカンマッスルカーは、多気筒と大排気量が命。ひと昔前なら考えられないほどの小さな排気量だ。

 トランスミッションは、6速MTとパドルシフト付き6速AT。そして、リアサスペンションが独立したというのも大きなトピックだといえるだろう。新型『マスタング』の走りっぷりは運転してみるまでまだわからない。だが、北米マーケットというガラパゴスの殻を打ち破り、世界に飛び出していこうという気概は、十分受け止めることができた。

「最も力を注いでデザインしたのは、アメリカンマッスルカーに見えるかどうかという点だった」(前出のデザイナー、クレイグ?メトロス氏)

 右ハンドル版やダウンサイジングエンジンの搭載、リアサスペンションの独立化など機能や装備面では“ガラパゴス”を脱している。しかし、エクステリアデザインは己を貫こうとする姿勢がビシビシ伝わってきた。

■50周年の節目に

 アメリカンマッスルカーという、アメリカでしか造れない、そして50周年という歴史を持つ『マスタング』の価値を少しも落とすことなく、世界に打って出ようとしている。開発中には、「己は何ものなのか。何をもって世界にアピールできるのか」という自問自答が絶え間なく繰り返されていただろう。グローバル戦略とは、ただ自国以外のマーケットにおもねることではない。己が何ものであるのかを言葉を尽くして他国のユーザーに伝え、魅力と役割をアピールすることだ。

 フォードは『マスタング』が“ガラパゴス”であることを、むしろ独自の価値に転じようとしたのではないだろうか。シドニーでの発表会に参加してみて、あらためてそう思った。

文/金子浩久(かねこ?ひろひさ) 

モータリングライター。1961年東京生まれ。新車試乗にモーターショー、クルマ紀行にと地球狭しと駆け巡っている。取材モットーは“説明よりも解釈を”。最新刊に『ユーラシア横断1万5000キロ』。